シフォンケーキとは?どんなお菓子?
シフォンのchiffonはフランス語なので、フランスのお菓子と思うかもしれませんが、シフォンケーキはアメリカのお菓子なのです。
Chiffonという言葉は、アメリカにとってフランスから入った外来語で、絹織物の一種を言うそうです。絹織物の柔らかさからイメージして、シフォンと名づけられたのでしょう。
確か、わたしが小さい頃、軽くてふわふわした洋服生地をシフォンと呼んでいたような記憶があります。でも、それは本物の絹ではなく、人絹と呼ばれた人工的に作った絹に似せた織物だったと思います。 (小さい頃の記憶なので、不確かかもしれませんが。。。。。)
保険のセールスマンだったハリーベーカーという人がシフォンケーキを最初に考案したということは、今では良く知られています。
1923年、家庭の事情や景気の悪さなどで、カリフォルニアに行ったらいいことがあるかもしれないと、Baker氏は家族を置いて旅立ちます。不景気の中、本業の保険業がうまくいかず、彼は、長年趣味にしていたお菓子作りで生計を立てることしました。その時、試行錯誤しながらいろいろなお菓子を試作している中で、偶然にシフォンケーキを作りだしたということです。
それが、ハリウッドの有名レストランBrown Derbyに認められ、売り物のコブサラダと共にシフォンケーキも有名になり、1930年代を通して評判は大きくなり、どんな偉い人にレシピを教えてと言われても拒否し、誰にも知られないように作り続けて、貧困から成功を収めたそうです。
第二次世界大戦前夜、Baker氏とゼネラルミルズ社(以下GN)との出会いが、今、私達が目にしているシフォンケーキの誕生です。
GMは、1920年代以降、Betty Clockerという架空の女性を作り上げ、料理本やラジオなどで大々的に広告を出したりして、世の中に良妻賢母のイメージを植えつけていました。戦後も、Betty Clockerは、理想的なアメリカ女性として、良い家庭人となる女性に大いにもてはやされたとか。
そんな中、多くのアメリカ女性に伝えて欲しいと、かたくなに守っていたシフォンケーキのレシピを、Baker氏は1947年、GMにレシピを売ることにしました。買い取ったGMは、Betty Clockerを通して、1948年、「エンジェルケーキのような軽さと、バターケーキのようなコクを併せ持つ、100年に1度の斬新なケーキ」と言って、買い取ったレシピに少し手を加え、家庭で簡単にできますよ、というふれこみで世の中に広めました。そしてこの時、Baker氏が秘密にしていた素材が植物油だったということも知らされたのです。
作ってみると何と!簡単! 軽くて、しっとりしていて、風味豊か。と、だれもがシフォンケーキのとりこになり、1950年後半から1960年にかけて東から西の果てまで、全国的なブームとなったのだそうです。(ベーキングパウダーとクリームオブタータを入れて作るので簡単にできる)
それなのに、現在、アメリカ人でもシフォンケーキを知らない人が多いのです。アメリカ在住の友人が言うことには、「シフォンケーキは日本のお菓子じゃないの?」というアメリカ人もいるとか。
アメリカへ行った時、シフォンケーキを売っている日系の人に、アメリカで覚えたの?と聞いたら、「日本人に教えてもらいました。アメリカに来て、シフォンケーキがアメリカのお菓子だと知りました。」と、聞き、びっくりしたことがあります。だから、作り方も日本式でした。
台湾でもシフォンケーキの講習会をした時、台湾の人達にシフォンケーキはどこのお菓子か知っている?と、訪ねた時、「日本のお菓子」とほとんどの人が答えたのには、またまたびっくり。
当店に、アジアの方達がシフォンケーキを習いに来てくれます。やっぱり、シフォンケーキは日本のケーキになっているのでしょうか?
ラ・ファミーユのシフォンケーキは、アメリカの作り方を基本にした当店独自の作り方になっています。アメリカの作り方だから、シフォンケーキの秘密とされていた植物油を使う意味が、生きてくるのです。